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悪意の遺棄を理由に離婚請求~慰謝料も含めた調停・裁判の方法
この記事で分かること
- 「悪意の遺棄」は、離婚を求めるための強力な根拠となり得る。
- 相手の行為が「悪意の遺棄」に当たるかどうかの見極めが、重要である。
- 離婚の原因が「悪意の遺棄」であることをはっきりさせたいのであれば、離婚調停か離婚裁判が最適である。
- 「悪意の遺棄」によって精神的ダメージを受けたら、慰謝料請求も可能である
- 法律知識と裁判実務に精通した専門家である弁護士への相談が、解決への第一歩である。
「悪意の遺棄」は、離婚と慰謝料を求める強力な根拠になり得ます。それを実際に、離婚という効果と慰謝料の支払いに結び付けるには、裁判所での調停や裁判が有効です。それらを有利に進めるには、法律知識と裁判実務に精通した弁護士を味方に付けることが、何より一番です。
目次[非表示]
悪意の遺棄は、離婚を求める強力な根拠となり得る
夫婦の基本的な姿は、住まいを共にし、お互いに力を合わせ、経済的にも持ちつ持たれつの関係を保つ姿です。民法は、こうした姿を、夫婦のあるべき法律的な姿へと高めました。
民法は、夫婦間においては、相手への思いやりという側面を重んじ、相手に求めることよりも、相手にしてあげるべきこと、つまり義務を中心に考えました。そこで民法は、夫婦は同居し、互いに協力と扶助をしなければならないという規定を設けました。これを、夫婦の同居・協力・扶助の義務といいます。
夫が家に帰らなくなったとしたら
AさんBさん夫婦は、アパートを借りて、新婚生活を始めました。ところが、数年経った頃、Aさんは自分の実家に帰ることが多くなり、そのうちにまったくアパートに帰らず、すっかり実家に居ついてしまいました。Bさんが、アパートに帰ってくるように言っても、Aさんは応じようとしません。
こうした状態がしばらく続き、さすがにBさんも、夫婦でいることに限界を感じ、離婚を考えるようになりました。しかし、こうした状況を理由に離婚を求めることができるのか、Bさんは悩んでいます。
「遺棄」とは、正当な理由なく、同居・協力・扶助の義務を果たさないことである
Aさんが実家に居ついてからというもの、Aさんは、Bさんと住まいを共にしていません。Bさんと力を合わせて何かをするということもありません。経済的な持ちつ持たれつの関係もありません。実家に居ついても仕方なしといえるだけの理由も、Aさんにはありません。
つまり、Aさんは、Bさんに対して、正当な理由なく、夫婦の同居・協力・扶助の義務を果たしていないことになります。これを、民法では「遺棄」と呼んでいます。
「悪意」とは、夫婦の健全なあり方に反する気持ちである
Aさんの心の中には、Bさんとの夫婦生活を「もう、続けたくない。」とか、「このまま続かなくなってもかまわない。」といった気持ちがあるものと推定されます。こうした気持ちは、夫婦の健全なあり方からすれば、あってはならない気持ちです。こうした、夫婦の健全なあり方に反する気持ちのことを、民法では「悪意」と呼んでいます。
「悪意の遺棄」は、民法が認める離婚原因のひとつである
民法は、裁判によって離婚を求めるために必要とされる理由を、5つ定めています。これらを「離婚原因」といいます。「悪意の遺棄」も、そのひとつです。離婚裁判は、離婚を望まない者の意に反してでも、強制的に離婚を実現させる制度です。悪意の遺棄が離婚原因とされていることは、悪意の遺棄が、離婚を求めるための強力な根拠となることを意味します。
「悪意の遺棄」の判断は、「正当な理由」がキーポイントとなる
「悪意」と「遺棄」とは、意味の上では別のものです。「遺棄」は、なすべき行為をしないことなので、目に見えます。しかし、「悪意」は、心の中の気持ちなので、目には見えません。
そこで、まず、「悪意」と「遺棄」とを別々に判断するのではなく、両者をひとまとまりにして、「悪意の遺棄」を判断の対象とします。
そのうえで、「正当な理由」という目に見える基準を用いて、「悪意の遺棄」の有無を判断します。形の上では義務違反とされる行為が、「正当な理由」によるものであれば「悪意の遺棄」には当たらないが、「正当な理由」によるものでなければ「悪意の遺棄」に当たる、という判断方法です。これが、裁判実務の大勢です。
「正当な理由」の有無は、個別的かつ具体的に決められる
「正当な理由」の有無は、ケースごとに、そこに含まれる諸事情を手がかりに、社会的に当然と思われている価値観(社会通念。判決文でよく用いられる言葉です。)に照らして、判断されます。
ここで、実際の裁判例をいくつか見てみましょう。
悪意の遺棄に当たるとされた代表的な裁判例
上記の裁判例では、いずれも離婚判決が言い渡されました。悪意の遺棄があっても離婚は認めないという裁判例は、現在のところ、ありません。悪意の遺棄があれば離婚を認めるというのが、裁判実務の流れであると思われます。
悪意の遺棄に当たらないとされた代表的な裁判例
上記の裁判例ではいずれも、悪意の遺棄がなかったとされているので、昭和43年の裁判例を除き、離婚も認められていません。昭和43年の裁判例では、「婚姻を継続し難い重大な事由」があるとして、離婚が認められています。
「悪意の遺棄」の判断フローチャート
上記の各裁判例には、次のような共通の判断の流れがあるものと思われます。
離婚が悪意の遺棄によるものであることをはっきりさせるには、まず離婚調停
Bさんは、Aさんによる悪意の遺棄があったことをはっきりさせる形で離婚したいと考えています。Bさんは、どんな方法をとったらよいのでしょうか。
まず考えられるのは、家庭裁判所の家事調停という制度です。家事調停とは、家族や親族の間での揉め事を、家庭裁判所が間に入って、話し合いによる解決を目指す公的な制度です。家事調停に持ち込まれる揉め事には、様々なものがありますが、AさんBさんの場合は、離婚するかどうかの問題ですので、「離婚調停」と呼ばれます。
離婚調停では、「悪意の遺棄」にこだわらずに話し合いが進められる
離婚調停は、諸々の事情を総合的に考えて、AさんBさんにとって最もよいと思われる道筋を考えていく制度です。悪意の遺棄があったか否かにとらわれずに、夫婦間の揉め事について、さまざまな角度から、柔軟に、解決策を考えていくのが、離婚調停の基本的態度です。
「悪意の遺棄による離婚」という方向で調停を進めることもできる
調停委員会(調停を行う機関。裁判官および調停委員2名以上で構成されます。)が解決策を考える際の大きなヒントとなるのは、夫婦それぞれの主張です。自分の主張が、調停委員会に対して説得力のあるものであれば、調停委員会はその主張に沿った解決策を考えてくれる可能性が高まります。
従って、Bさんは、Aさんによる悪意の遺棄があったことを、調停委員会に対して、しっかりと主張しなければなりません。と同時に、それを裏付けるものを示さなければ、説得力のある主張とはなりません。例として、Aさんと別居するに至った経緯や別居後の経過を記したメモや日記、Aさんとやり取りしたメールや手紙などが考えられます。
調停がうまくいったときは、悪意の遺棄が公に示される場合もある
AさんBさん双方が離婚に合意した場合は、調停委員会が「調停成立」を宣言し、裁判所書記官が合意内容を調停調書にまとめます。通常、調停調書には、「AさんとBさんは離婚する。」としか書かれません。
Bさんが希望し、Aさんも同意し、調停委員会も認めれば、離婚の原因がAさんによる悪意の遺棄であることを調停調書に書いてもらうこともできます。そうすれば、Aさんによる悪意の遺棄があったことが、公に示されることになります。
調停がうまくいかなかったときは、悪意の遺棄は公には示されない
何度呼び出してもAさんが調停に出席しなかったとき、双方とも調停に出席したけれども合意に至らなかったときには、調停が成立する見込みがないものとして、調停委員会が「調停不成立」を宣言し、AさんBさん双方に、調停不成立の旨が通知されます。
離婚調停がダメなら、悪意の遺棄を理由に離婚裁判を起こす
訴状の作成が重要である
離婚調停が不成立となれば、Bさんは悪意の遺棄を理由に家庭裁判所に離婚裁判を起こすしかありません。離婚裁判を起こすには、訴状という書面を提出しなければなりません。
訴状に書かなければならない項目は、法律によって厳しく決められていて、不十分な場合には、手直しを命じられたり、場合によっては訴状が受理されないこともあります。
また、悪意の遺棄の有無も含めて、訴状に書かれていない内容については、裁判所は一切、審理の対象にしてくれません。従って、審理してほしい内容を、しっかりと漏らさずに書かなければなりません。
法廷での主張が重要である
AさんBさんの離婚裁判では、Aさんに悪意の遺棄があったか、悪意の遺棄があったとしても夫婦関係を続けたほうがよいといえる事情があるかが、争点となります。こうした争点についてのお互いの主張を、法廷において口頭で述べ、または書面にして提出します。
裁判官は、判決文を書くに当たり、口頭や書面で主張されない事柄については、一切考慮してくれません。したがって、主張すべきことは漏らさず主張しなければなりません。さらに、主張の仕方も、裁判官が自分に有利に考えてくれるような、説得力のある主張をしなければなりません。
証拠の提出が重要である
悪意の遺棄があったかどうかなどについて、AさんBさんの主張に食い違いがあれば、裁判所は、証拠によって、どちらの言い分が正しいのかを判断します。
証拠には、物的なもの(やり取りしたメールなど。)と人的なもの(ふたりの様子を見守ってきた双方の親の証言など。)とがあります。どちらを提出するにしても、自分の主張の方が正しいと裁判官に思ってもらえるだけの、強い裏付けとなる証拠を提出しないといけません。
離婚問題の解決フローチャート
悪意の遺棄をされたら、慰謝料も請求したい
Bさんは、Aさんの悪意の遺棄により、独りでいる寂しさ・心細さ、将来への不安などの精神的ダメージを受けました。こうしたダメージは、Aさんの自分勝手な行動が原因です。Aさんは、社会的に許されない方法でBさんに与えた精神的ダメージを金銭で償わなければなりません。これを「慰謝料」といいます。
離婚に際して求める慰謝料を「離婚慰謝料」といいます。Bさんは、Aさんに対して、悪意の遺棄を理由に、離婚慰謝料も請求しようと思います。Bさんは、いくら位の慰謝料を請求できるのでしょうか。
離婚慰謝料の算定に当たって考慮される事柄とは
離婚慰謝料に限らず、慰謝料の算定方法を定めた法律の規定はありません。実務では、裁判官が、裁判に提出された諸々の事情を基にして、各ケースに応じて相当と認められる金額を、慰謝料として算定します。
慰謝料算定の基準になる「諸々の事情」については、これまでの裁判例の中で、いろいろと示されています。これらを、BさんのAさんに対する、悪意の遺棄を理由とする離婚慰謝料に当てはめると、次のようになるかと思われます。
Bさん側の事情(例) | Aさん側の事情(例) |
---|---|
精神的苦痛の程度(毎日、泣いてばかりいる。) | 落ち度の有無・程度(実家に居ついたのは、借金がばれて、Bさんに何度も叱責され、戻りずらくなったからである。) |
年齢や性別(男性より女性の方が精神的に傷つきやすいと一般的にはいわれている。) | 資産(請求された慰謝料を全額支払うだけのお金がない。) |
健康状態(不眠症とうつ状態と診断され、通院・服薬を続けている。) | 誠意の有無(Bさんに謝罪していない。Bさんの様子も見に来ない。) |
社会的地位・資産・職業(給料が安く、貯金も少ない。) | |
性格(独りでいると不安になる性格。) | |
落ち度の有無・程度(Aさんが実家に帰るようになったのは、Bさんの叱責も引き金になった。) | |
扶養関係(同居当時、Aさんの扶養家族だった。) |
離婚慰謝料の具体的金額の相場は
悪意の遺棄による離婚慰謝料額については、基本額を100万円として、これに上記の「諸々の事情」が考慮され、公平の原則も加味されて、基本額の増額や減額がなされ、最終金額が決まるというのが実務の大勢です。これまでの裁判例において示された最終金額の幅は、50万円から300万円くらいといわれています。
悪意の遺棄による離婚を考えているのなら、まず弁護士に相談を
調停であれ裁判であれ、悪意の遺棄を理由に離婚と慰謝料を求めるには、「悪意の遺棄」の法的な意味を正確に理解し、自分のケースがそれに当たるのかを正しく判断することが出発点です。
その上で、相手による悪意の遺棄がなされたこと、夫婦関係の継続が難しいこと、悪意の遺棄により精神的ダメージを受けたこと、慰謝料額として妥当な金額などについて、裁判所において、裁判官や調停委員会に対して説得力のある主張をしなければなりません。相手の主張との間に食い違いがあれば、自分の主張を裏付ける証拠の提出もしなければなりません。
こうしたことは、法律知識や裁判実務経験の乏しい人にとっては、至難の業です。自分だけで行うという危ない橋を渡るよりも、ここはやはり、法律と裁判実務の専門家である弁護士に任せるのが最良の選択です。あなたが、悪意の遺棄による離婚を考えているのなら、まずは、弁護士に相談することから始めましょう。
離婚問題はひとりで悩まず法律のプロが解決
- 離婚する夫(妻)・不倫相手に慰謝料を請求したい
- 子どもの親権・財産分与で揉めている
- 離婚後の子どもの養育費をきちんと払わせたい
- 離婚したいけど離婚後の生活が心配
- 浮気がばれて慰謝料を請求された