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妊娠・出産・産休を理由に退職勧奨はできる?自主退職には協議が必要
この記事で分かること
- 妊産婦は様々な法律に守られているため、原則退職勧奨・解雇はできない
- 強制的に解雇しても不当解雇で無効になる
- 妊婦を精神的に追い詰め退職を余儀なくするマタハラも発覚すれば問題に
- 自己都合退職をしてもらうには、きちんと話し合いを。育休取得条件を就業規則等に明記しておく
妊産婦は男女雇用機会均等法、労働基準法など様々な法律に守られているため、妊娠、出産、育休取得による解雇は禁止されています。退職を勧めることも原則できません。精神的に追い詰むマタハラも問題になります。妊娠した女性社員に自主的に退職してもらうには、会社が社員ときちんと話し合い、退職金上乗せ等の処置で両者が合意できる方法を探りましょう。
目次[非表示]
妊娠や出産を理由に退職を勧めたり解雇することは原則できない
会社は、女性社員の妊娠・出産や育児休業を取得したことを理由に退職を勧めたり解雇することは原則できません。妊産婦は以下のような様々な法律で守られているからです。
男女雇用機会均等法
男女雇用機会均等法 第9条「妊娠・出産を理由とする不利益取り扱いの禁止」
社員の妊娠・出産にあたり、解雇・降格・減給等をすることは禁止されています。不利益な取り扱いと考えられる内容をまとめると、以下のようになります。
- 解雇する
- 有期労働者の契約を更新しない
- 退職又は非正規社員へ変更を強要する
- 降格させる
- 本人の意思と関係なく自宅待機させる
- 減給又は賞与に不利益な査定を行なう
- 昇給・昇格の不当な人事評価を行なう
労働基準法
労働基準法 第19条 「解雇制限」
この項目では、「使用者は、産前産後の女性が第65条の規定によって休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない」とされています。つまり会社は産休中と出産後30日間は女性労働者を解雇することができません。
育児介護休業法
育児介護休業法第10条・16条「不利益取扱いの禁止」
会社は、女性社員が育児休業・介護休業の申し出を行い、又は休業したことを理由として解雇することはできません。
休業中の解雇がすべて禁止されるわけではありませんが、休業取得以外の正当な解雇理由であることが十分に立証されない限り、その解雇は無効となります
妊娠を理由に退職を遠回しに勧めるマタハラもNG
前述したように会社が妊娠を理由に社員を解雇し、退職を迫るなどの不当な扱いは法律上禁止されています。しかし、職場内の上司や同僚が理解を示さず、社員に精神的プレッシャーを与えることにより退職へ追い込むマタニティ・ハラスメントが問題になっています。
マタハラで会社が損害賠償を払うことも
マタハラとは「マタニティ・ハラスメント」の略で主に職場で妊婦に対して行なわれる精神的・肉体的なハラスメントのひとつです。
妊娠中はどうしても仕事の能力が一時的に下がることがあり、体調が思わしくない時期に長期の休暇を必要とすることもある為、当該の社員に対し職場内で冷たい態度をとったり、会社側が不当に降格や解雇しようとすることもあります。
妊娠中は精神的に非常にデリケートになるため、マタハラにより精神的にも追いつめられてしまう女性社員は少なくありません。
マタハラ訴訟で会社に賠償命令
2014年10月、広島市の理学療法士の女性が妊娠を理由に降格されたことについて、男女雇用機会均等法に反すると提起していた訴訟で、最高裁判所は違法と初判断し、精神的苦痛による慰謝料も含めて約175万円の賠償を病院側に命じました。
一審の「降格は適法」とした一審の広島地方裁判所の判決を変更し女性が逆転勝訴したのです。
最高裁は「妊娠による降格は原則禁止で、自由意思で同意しているか、業務上の理由など特殊事情がなければ違法で無効」との判断を示し、社会問題化しているマタハラをめぐり、行政や事業主側に厳格な対応や意識改革を迫りました。
妊婦はさまざまな法律で守られている
会社は女性社員が妊娠した場合、マタハラによる精神的苦痛や不当な肉体労働で母子の身体が危険にさらされないよう、職場内できちんとサポートをする義務が法律で定められています。主な内容を以下にあげます。
男女雇用機会均等法第12条「保健指導又は保険診査を受けるための時間の確保」
妊婦中または出産後の社員が保健指導を受けるための時間の確保が法で保護されています。
妊娠中 | 妊娠23週まで4週間に1回 |
---|---|
妊娠24週~35週まで週に2回 | |
妊娠35週~出産まで1週間に1回 | |
産後1年間 | 医師等の指導により必要な時間を確保する |
男女雇用機会均等法第13条「指導事項を守ることができるための措置」
妊婦中または出産後の社員が医師の指導を受けた際に、会社は必要な処置を取らなくてはなりません。
- 妊娠中の通勤緩和:通勤時間を遅らせたり、勤務時間を短くする
- 妊娠中の休憩:休憩時間の延長・休憩回数の増加)
- 妊娠中及び産後の症状(作業の制限・休業)
労働基準法第65条第1・2項「産前・産後休」
産前6週間から、産後8週間は、女性を労働させることが出来ません。(産後6週間以降は、医師から認められ、女性からの請求があれば働くことが出来ます。)
労働基準法第65条第3項「妊婦の軽易業務転換」
妊娠した社員からの請求があれば、簡易的な業務に転換させなくてはなりません。
労働基準法第66条第1項「妊産婦に対する変形労働時間制の適用制限」
妊娠中・産後の女性社員から請求があれば、変形労働時間制の1日8時間、1週間40時間の法定労働時間を超えさせることは出来ません。
労働基準法第66条第2・3項「妊産婦の時間外労働・休日労働・深夜業の制限」
妊娠中・産後の女性社員から請求があれば、時間外労働・休日労働・深夜労働を行わせることは出来ません。
労働基準法第67条「育児時間」
女性社員は出産後1年間、1日2回30分以上の育児時間を請求することが出来ます。
妊娠を理由に強制的に解雇をしても不当解雇にあたる
会社側が妊娠を理由に女性社員に退職を勧めたものの、拒否した為に強制的に解雇に踏み切った場合は不当解雇に当たります。現代の日本の法律では、会社が社員を解雇することは非常に難しくなっているといえます。
不当解雇とは
不当解雇についての明確な定義はありませんが、一般的には法律や就業規則等内で許されない解雇を指しています。
労働契約法第16条では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定されています。
雇用機会均等法や育児介護休業法、また短時間労働者法にも解雇が禁止される場合が規定されています。
解雇の分類
解雇の有効性について、過去の裁判例では厳格に判断されてきています。会社が労働者を解雇できるのはどのような場合があるでしょうか。
整理解雇
会社が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇をいいます。これまでの裁判例では以下のポイントを有効性があるかどうかの判断基準にしています。
- 人員削減の必要性があること
- 人員削減の手段として整理解雇を選択することが必要であること
- 人選が妥当であること
- 手続の妥当であること
懲戒解雇
会社の秩序を著しく乱したような場合に、社員に対し制裁として行われる解雇のことです。
懲戒解雇は、就業規則で懲戒の種別と理由が明記されている必要があります。さらに具体的に解雇の理由となった事実が本当にあったか、それが就業規則上の懲戒理由に当たるか、解雇に相当するほどの重大なものであるかが問題となります。
普通解雇
上記2つ以外の解雇をいいます。
普通解雇の場合、就業規則に定められた解雇理由に該当するか、該当した場合でも解雇が相当といえるか、それまでの会社での前例や他の社員と比較して妥当といえるか等が問題となります。
解雇の可能性がある、解雇が有効とされる具体的な事例について以下にあげます。
- 能力不足を理由とする解雇
- 遅刻・欠勤を理由とする解雇
- 横領等を理由とする解雇
- 傷病により労働ができなくなったことを理由とする解雇
- 試用期間中の解雇
妊娠を理由に解雇はできない。両者合意の上自主退職を勧める
労働基準法では会社側からの一方的な解雇は違法です。しかし当該社員が出産後、明らかに復帰が難しいと考えられる場合、さらに会社の経営状態が苦しく雇用を継続することが厳しい場合、社員にきちんと説明し合意した上で自主退職を勧めてみることも考えられます。また、協議の前に育児休業などの制度の利用についても説明することも大切です。
育児休業について
育児休業は育児休業法で定められた男女関係なく取得することができる制度です。また契約社員のような期間雇用でも条件を満たせば取得することができます。
育児休業の期間
育児休業の期間は、原則子が1歳に達するまでですが、保育園に入園できない等の事情がある場合に限り、1歳半まで延長をすることができます。
法令上育児休業取得条件から除外される者
- 日雇い労働者
- 期間の定めのある雇用契約者(契約社員など)で以下に当てはまる者
入社1年未満の者 子が1歳に達する日を超えて雇用される見込みのない者 子が1歳に達する日から1年を経過する日までに、雇用契約が満了し、更新されないことが明らかな者
労使協定を結ぶことで育児休業取得条件から除外される者
- 入社1年未満の者
- 申出の日から1年以内に雇用関係が終了することが明らかな者
- 1週間の所定労働日数が2日以下の者
就業規則でも育児休業に関する規定を制定しておく
前述のように、労使協定を結ぶことで雇用期間の定めのない社員についても雇用期間が1年未満であれば育児休業取得条件から除外されます。
全社員に共通理解として認識してもらうために、育児休業についての詳細な規定を制定する必要があります。
特に育児休業中の賃金について会社は支払い義務がないため、誤解が生じないよう「育児介護休業規定」として別に設けるか、賃金規定の項目に追記しましょう。
社員と合意した上で自主退職を促すことができれば
会社の経営状態が厳しく、他に人を雇う余裕がない場合や、復職後の配置換えなども難しい場合、社員に退職勧奨をし、最終的に自ら退職する意思を示してもらう方向を目指すことになります。
退職した場合のメリット・デメリットを示す
例えば終業後1年未満の社員の場合、育児休業が取得できないことや、有給休暇がないため子どものために休む場合も欠勤になることを説明します。また小規模の会社であれば、他に人を雇う余裕がないことや、希望通りの終業時間、業務内容が難しいことを理解してもらう必要があります。
その上で退職金の上乗せなど、社員にメリットとなる事項を切り出します。
あくまで両者の話し合いで
退職勧奨を行うには、会社からの一方的な話ではなく、あくまで会社と両者の話し合い、という位置付けにします。社員が退職を強要された、と受け取れば、労働基準監督署に通報され、退職自体が無効とされることもあります。
近年は女性の社会進出を促進する法律も制定され、妊娠、出産した女性に対し会社側がサポートすることは努力義務になっています。そうはいっても人手不足で悩む会社が多い中、他の社員の負担が大きくなることや、業務が滞ることは会社として避けたいところです。
一朝一夕に解決できる問題ではないため、就業規則や退職勧奨のガイドライン作成について専門家にアドバイスを受け、もしトラブルがあったら速やかに相談することをおすすめします。
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