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生前贈与が特別受益にあたるケース・あたらないケース~遺留分への影響は?
この記事で分かること
- 特別受益とは、相続分の前渡しといえる生前贈与のことである。
- 生前贈与には、特別受益に当たるものとそうでないものとがある。
- 特別受益に当たる生前贈与に対しては、遺留分が役割を果たす幅が広がる。
- 特別受益のある場合の相続分は、独自の公式を用いて算定する。
- 特別受益の絡んだ遺留分の算定は大変である。弁護士への相談が第一である。
特別受益に当たる生前贈与があると、相続分と遺留分の算定方法が変わってきます。算定方法は、とても複雑です。生前贈与が特別受益に当たるかどうかの判断も難しいことがあります。生前贈与を含んだ遺留分の計算に困ったら、弁護士に相談するのが一番です。
目次[非表示]
生前贈与は特別受益にあたる?
相続の世界に、特別受益ということばがあります。亡くなった人(被相続人)が残した財産(遺産)を受け継ぐ資格のある人(相続人)が、被相続人から、遺産以外に何らかの利益を受けることをいいます。
特別受益になりそうなものとしてまず思い浮かぶのが、被相続人から、生前にもらう財産です。これを、生前贈与といいます。生前贈与は、特別受益になるのでしょうか。
相続の世界には、遺留分ということばがあります。相続人が必ずもらうことのできる権利の割合をいいます。遺留分は、遺産と、被相続人が亡くなる1年以内の生前贈与とを合わせたものを基に計算します。
生前贈与は特別受益になるのか、特別受益になるのであれば、それが遺留分の計算にどのような影響を与えるのかについて、解説していきます。
特別受益とは
特別受益という文字を見る限り、何か特別な利益を受けること、という意味に思えます。特別受益は、法律用語です。特別受益の法律的な意味とは、どのようなものなのでしょうか。
特別受益は相続分の前渡し
特別受益とは、一言でいうと、相続分の前渡しといえる生前贈与のことです。詳しく見ていきましょう。
ある人が財産を残して亡くなると、残された財産は遺産となり、相続人の間で分け合います。
ある財産の持ち主は、自分が生きている間に、その財産を、自由に、他に人に与えることができます(生前贈与)。財産を与える相手は、全くの他人であってもよいし、自分が亡くなったら相続人になる人(たとえば、自分の息子)であってもかまいません。
たとえば、息子Aが、父から、「私が元気なうちに渡しておくよ。」と、100万円の生前贈与を受けた後に、父が亡くなったとします。この100万円は、生前贈与がなければ、父の遺産として、息子Aが他の相続人との間で、法律で決められた割合(相続分)に従って、分けることになるはずのお金です。
父の「私が元気なうちに渡しておくよ。」ということばからは、「私の遺産を今のうちに渡しておくよ。」という気持ちが読み取れます。息子Aは、本来なら遺産としてもらうべきところのお金を、父が生きている間に、前もってもらったことになります。つまり、息子Aは、自分の相続分を、父から前渡しされたことになるわけです。
特別受益の持ち戻しとは
引き続き、息子Aの例で説明します。父の遺産を分けるに当たり、息子Aも相続人ですので、遺産分割に参加します。もしも、息子Aがもらった100万円はそのままAのものとして、残りの遺産だけを分けるとすると、他の相続人にとって不公平な遺産分割となってしまいます。
息子Aがもらった100万円は、生前贈与がなければ、遺産の一部として他の相続人と分けることになるはずのお金です。息子Aが100万円をもらったままにして、さらに遺産分割に普通に参加することは、息子Aが遺産の二重取りをするのと同じになってしまうからです。
父の気持ちとしても、遺産の前渡しとして、100万円を息子Aに与えたのであり、息子Aに遺産の二重取りをさせようという気持ちは毛頭なかったと考えるのが自然です。
息子Aがもらった100万円も遺産の一部として考え、100万円を含めた全遺産を相続人たちで分けるのが、公平な遺産分割といえます。このように、相続分の計算のうえで、特別受益としてもらった財産を遺産の中に戻すことを、特別受益の持ち戻しといいます。
特別受益にあたる生前贈与
生前贈与と一口にいっても、贈与する財産の内容も、贈与する目的も、様々です。法律が、特別受益にあたる生前贈与として認めたのは、婚姻もしくは養子縁組のための贈与、および生計の資本としての贈与の2つです。
法律が、特別受益に当たる生前贈与をこの2項目に限ったのには、2つの理由があります。ひとつは、婚姻や養子縁組にかかる費用、生計の資本といったものは、金額が高いのが通常で、被相続人が贈与を受ける者(受贈者)の負担を和らげるために、相続分の前渡しとして与えたと考えるのが自然だといえることです。
もうひとつは、特別受益に当たる生前贈与を限定せず、個々の生前贈与が特別受益に当たるかどうかをケースごとに考えるとすると、相続人の間で意見が違ったりして、遺産分割が混乱してしまうことです。
以下、それぞれについて解説します。
婚姻もしくは養子縁組のための贈与
婚姻もしくは養子縁組のための贈与とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
婚姻や養子縁組の際に、嫁・婿・養子が嫁ぎ先、婿入り先、縁組先へ持って行くお金(持参金)、または婚姻や養子縁組の準備のためのお金(支度金)とするための生前贈与は、ある程度高額であれば、特別受益に当たると考えるのが、裁判例の大勢です。受贈者の負担を和らげようという被相続人の気持ちを推し量れば、相続分の前渡しと考えるのが自然だからです。
婚姻の際の結納や挙式費用とするための生前贈与は、特別受益に当たらないと考えるのが、裁判例の大勢です。結納は相手の家に対する、挙式費用は世間に対する、新郎新婦の親による社交上の出費という性格が強く、相続分の前渡しと考えるのは難しいからです。
生計の資本としての贈与
生計の資本としての贈与とは、独立した生活を営む経済的基盤とするための生前贈与をいいます。本人の生活状況や経済状態からみて、特別受益となるかどうかが決まります。会社の営業資金、住宅の購入資金は、通常の場合、特別受益と考えられます。
高等教育(大学・高校など)の学費は特別受益になる?
義務教育でない大学や高校といった高等教育の学費とするための生前贈与は、特別受益になるのでしょうか。高等教育を受けることは、将来の生計の基礎となり得ることからすれば、生計の資本としての贈与として、特別受益に当たると考えることもできます。
裁判例の多くは、次のように考えます。「親の資産や社会的地位から考えて、高等教育の学費を支出することが普通といえるのなら、それは親の子に対する扶養義務を果たしたに過ぎず、特別受益とはならない。普通のレベルを超えた学費の出費であれば、もはや扶養義務の問題ではなく、生計の資本としての贈与であり、特別受益となる。」
現在の教育状況は、大学や高校といった高等教育を受けるのが、ある程度一般化していて、高等教育の学費ということだけから特別受益と考えるのは、社会の実情に合わないからです。
特別受益にあたらない生前贈与
生前贈与を受けたとしても、特別受益に当たらなければ、相続分の計算の上で、持ち戻しとして遺産の中に戻されることはありません。遺産分割に当たって、生前贈与の部分を削られることもありません。
生前贈与に当たるかがどうかについて考え方が分かれているものが、2つあります。生命保険金と死亡退職金です。以下、順次解説します。
生命保険金
相続人のうちの一人が、被相続人の生命保険の受取人になっている場合、被相続人の死亡により、受取人は生命保険金を受け取ります。これは、特別受益に当たるのでしょうか。
生命保険は被相続人が保険料を支払っていました。被相続人が保険料を支払っていたおかげで、受取人は生命保険金を受け取ることができます。このことから、被相続人が支払っていた保険料を、受取人に対する生前贈与ととらえ、それが転じた生命保険金は、その金額から考えても、受取人への特別受益となるので、遺産に持ち戻すべきだという考え方が成り立ちます。
生命保険金は、被相続人と保険会社との間の生命保険契約に基づいて、被相続人の死亡という原因により、受取人が保険会社から受け取るものであり、被相続人の財産の中から受け取るものではない。また、被相続人による生命保険金の受取人の指定には、その者への相続分の前渡しの気持ちは含まれていないのが普通である。従って、生命保険金は被相続人からの生前贈与でもなく、特別受益でもないという考え方も成り立ちます。
最高裁の考え方
この問題について、最高裁判所は、次のような判断を示しています。「生命保険金は、原則として、特別受益にはならない。しかし、受取人が生命保険金を受け取ることにより、受取人と他の相続人との間で、とても見過ごすことができないほどの不公平が生ずる場合は、生命保険金を特別受益に準ずるものと考えて、遺産への持ち戻しを認めるべきである。」
死亡退職金
死亡退職金とは、公務員や企業の従業員が死亡したとき、法律や就業規則によって定められた受取人に支払われる、死亡者の退職金をいいます。
被相続人の死亡退職金の受取人として共同相続人の一人が指定された後に、被相続人が死亡すると、受取人に死亡退職金が支払われます。受取人がもらう死亡退職金は、特別受益に当たるのでしょうか。
特別受益に当たるという考え方と、当たらないという考え方とがあります。ここでは、人の死亡により受取人に金銭が支払われる点で共通の、生命保険金の特別受益性についての最高裁判所の考え方を当てはめるのがよいかと思われます。
生命保険金の特別受益性についての最高裁判所の考え方を、死亡退職金に当てはめると、次のようになります。「原則として、死亡退職金は、特別受益には当たらない。ただ、受取人が受け取る死亡退職金の金額が大きいなど、他の相続人との間で著しい格差が生ずるときは、特別受益に倣って、死亡退職金の遺産への持ち戻しを認めるべきである。」
特別受益は遺留分にどう影響する?
一定の範囲の相続人には、遺留分という権利が認められています。遺留分には、被相続人が行った生前贈与を取戻す権利が含まれています。取戻す先の生前贈与が特別受益に当たる場合、遺留分の扱いはどのように変わるのでしょうか。
遺留分とは
遺留分とは、相続において、相続人が必ずもらうことのできる権利の割合をいいます。たとえば、相続人が子供ABの2人だとすると、遺留分は、2人で2分の1です。これを人数で割った4分の1が、ABそれぞれの遺留分となります。
遺留分の額は、遺産と、被相続人が亡くなる1年以内の生前贈与とを合計し、そこから借金等の債務を引いたものを基に計算します(算定基礎財産)。たとえば、1000万円相当の遺産、500万円相当の生前贈与、100万円の債務があるとすると、1000万円+500万円-100万円=1400万円が算定基礎財産となります。これに遺留分4分の1を掛けた350万円が、ABそれぞれの遺留分の額となります。AとBは、それぞれ350万円相当の遺産を必ずもらえることになります。
たとえば、遺産分割の結果、Aが300万円相当の遺産しかもらえないとすると、残り50万円相当の遺留分が不足となります。この不足分は、まず被相続人が遺言によって与えた財産(遺贈)から取り戻し、それでも足りないときは、亡くなる1年以内の生前贈与から取り戻すことになります。
算定基礎財産に生前贈与を加えるのは、被相続人による生前贈与によって遺産が減ったとしても、算定基礎財産をしっかり確保できるようにするためです。亡くなる1年以内の生前贈与に限ったのは、何年も前の生前贈与にまで取戻しの手が伸びたのでは、受贈者が困るからです。
生前贈与が特別受益である場合
被相続人が亡くなる1年以前の生前贈与でも、それが特別受益といえる場合、遺留分の処理が変わります。特別受益であれば、遺留分の算定基礎財産に含まれます。その結果、遺留分を持つ人(遺留分権利者)の遺留分額が増えます。
特別受益の場合においては、そこに遺留分の取戻し(遺留分減殺)の手を伸ばすことができるようになります。その結果、遺留分権利者の遺留分実現の可能性が広がります。
いずれも、特別受益が相続分の前渡しであり、本来は遺産に含まれるはずのものであることは、何年経っても変わらないことを理由とします。こうして、遺留分の役割を果たす範囲を広げることにより、特別受益者との間の公平が保たれます。
特別受益の算定方法
特別受益を受けた相続人の具体的相続額は、法律が定めた次の公式によって、算定されます。
(遺産の価額+特別受益となる生前贈与の価額)×法定相続分-特別受益となる生前贈与の価額 |
「価額」とは、財産の価値を金銭評価した金額をいいます。
「+特別受益となる生前贈与の価額」が、特別受益の持戻しを意味します。
「遺産の価額+特別受益である生前贈与の価額」が相続財産とみなされます(みなし相続財産)。
「(遺産の価額+特別受益となる生前贈与の価額)×法定相続分」が、特別受益のなかった場合の、本来の相続額です(本来的相続額)。
たとえば、遺産の価額が1000万円、特別受益となる生前贈与の価額が100万円、相続人は特別受益者AとそうでないBの子供2人である場合、Aの具体的相続額は次のようになります。
(1000万円+100万円)× 1/2 - 100万円 = 450万円 |
Bの相続額は、(1000万円+100万円)× 1/2 =550万円となります。これにより、100万円の差が埋まり、AとBの公平が保たれます。
被相続人の持ち戻し免除の意思表示が優先
被相続人が、法律が定めた公式によらず、特別受益の持戻しをしなくてよいとの意思を、遺言などによって表明したときは、被相続人の意思に従います。
法律が定めた公式は、被相続人の意思を推し量ったものにすぎないこと、持ち戻しによって相続人間の公平を保つことよりも被相続人の意思の尊重を優先させるべきであることが、その理由です。
遺留分より多くの特別受益を得ている場合
特別受益の価額が、遺留分額に等しい、または遺留分額よりも多い場合、特別受益者の遺留分はゼロとなります。遺留分の目的は、相続人の生活保障、および相続人間の公平確保にあり、遺留分額以上の特別受益を得た以上、もはや特別受益者の生活保障と相続上の公平に配慮する必要はなくなったといえるからです。
超過特別受益者は相続分なし
特別受益者について、特別受益の価額が、本来的相続額に等しい、または本来的相続額よりも多い場合(超過特別受益)、特別受益者は、相続額を手にすることができません。
たとえば、遺産の価額が1000万円、特別受益となる生前贈与の価額が800万円、相続人は特別受益者AとそうでないB・C・Dの子供4人である場合、Aの具体的相続額は次のようになります。
(1000万円+800万円)× 1/4 - 800万円 = -350万円 |
特別受益の価額800万円が本来的相続額450万円よりも多いので、Aは超過特別受益者として、相続額ゼロになります。
遺留分を侵害されたら、消滅時効期間内に遺留分減殺請求を
被相続人による持戻し免除の意思表示によって特別受益者の相続分が増えたことにより、自分の遺留分が満たされなくなった相続人は、特別受益者が受けた生前贈与の中から、遺留分の不足分を取戻す(遺留分の減殺請求をする)ことができます。
ただ、特別受益者が生前贈与を受けて何年も経ってから、突然に遺留分の減殺請求をされては、特別受益者は困ってしまいます。そこで法律は、遺留分減殺請求について、2つの期間制限を設けました。ひとつは、被相続人の死亡したこと、および特別受益者の相続分が増えたことにより自分の遺留分が満たされなくなったことの2つを知った時から1年間という期間制限です。もうひとつは、被相続人の死亡から10年間という期間制限です。
生前贈与、特別受益をふまえた遺留分の算定に迷ったら、弁護士に相談を
相続人が必ずもらえる権利として保障された遺留分ではありますが、その算定方法は複雑です。これに、生前贈与による特別受益が絡んでくると、算定方法はいっそう複雑になります。一般の人が正確な算定を行うことは、とても困難です。遺留分の算定はもちろんのこと、生前贈与による特別受益の絡んだ遺留分の算定に迷ったら、ためらうことなく弁護士に相談しましょう。
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